霊帝

だめな皇帝の代名詞

 アホの子の代名詞ともいえる霊帝は、三国志の物語が始まる黄巾の乱が起こった頃に漢王朝の皇帝だった人で、暗君の代表格としても有名です。色々としでかしてるらしいのですが、暗君と呼ばれるようになってしまったのは以下の2点が主な原因となっているそうです。

1.酒と女に溺れた
2.賄賂が平然と行われるようになった

 このうち1の酒と女に溺れたパターンは良くある例でして、例えば始皇帝の2代目も酒と女に溺れたとされていますし、劉備玄徳の後をついだ劉禅公嗣も女こそ溺れたかどうかは定かではありませんが、三国志演義では酒には溺れたとされています。共通して溺れるきっかけは、権力を握った宦官の存在でした。汚いなさすが宦官きたない。

銅臭政治

 2の賄賂が平然と行われるようになった背景には、霊帝が商人の真似事をし始めたために、役職が金銭で売り買いされるようになり、金持ちほど高い地位に着き、さらに金銭を得やすくするような行動にでたためであるようです。んがまぁ、これもそれなりに仕方ない背景が無いわけではないようでして。

 再評価によるものなのですが、どうやら霊帝は黄巾党の反乱をある程度察知していたようで、その鎮圧のために、大規模な皇帝直属の軍を編成しようとしたようです。当時は近衛兵による宮廷の護衛ぐらいで、大規模なものとなると現地調達。しかも田舎での調達ですから兵士の錬度は期待できず、出来ることならばちゃんとした軍隊を持ちたかったようで、この発想は霊帝だけでなく、歴代の皇帝の悲願でもあったようです。で、この悲願を達成するために大量のお金が必要ということで役職を売り買いしていたというのが最近の評価ということだそうです。

 霊帝が構想していた直属の軍隊というものは、そこそこ完成度が高かったものだったようでして、この仕組みは曹操孟徳へと受け継がれてゆきます。言うほど悪い皇帝でもなかったんじゃないかなーと個人的には思います。

後継者争い

 暗愚と呼ばれた皇帝は死後も争いの種を用意していました。後継者を明確に決めていなかったのです。これにより、劉弁派と劉協伯和派の間での後継者争いが激化します。この争いは時の大将軍何進遂高董卓仲穎を招き入れたことにより、両派閥ともに殺害された上で劉協伯和が皇帝につくという斜め上の結末を迎えます。

 この後継者をしっかりと決めていれば、もしかするとですが、反董卓連合は結成されず、三国志の時代の流れは少し変わっていたかもしれません。

外史

横山三国志

 前半でちょこっと出番があります。劉備玄徳のハクをつけるための役割でしかないんですがね……。

蒼天航路

 こちらは横山三国志と異なり、曹操孟徳の当て馬。不憫よのぅ。いい思い(性的に)は結構してやがるので爆発しろ。

一騎当千

 当然の如く未登場w

恋姫†無双

 当然の如く未登場w

三極姫

 なんとびっくり未登場にござる。何進でさえ出て来るっていうのに……。

関連人物

息子


  • 最終更新:2016-10-04 04:54:25

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