張郃儁乂

半世紀近く戦場に立ち続けた名将

 影が少々薄いところは有りますが、黄巾の乱の募兵に応募する形で、韓馥文節の配下になっており、そこからずっと戦場で活躍をつづけ、歴戦の傭兵である劉備玄徳よりも長生きします。さらに王に上り詰めた劉備と異なり、一介の将であり続けたため、下手すると実戦経験という面においては、1、2を争うほどかもしれません。影がやや薄いと感じるのは、総司令に抜擢されることが少なく、基本的には誰かの部下として、着実に任務を果たしてきたからでしょう。

 その功績から、魏の五大将軍の一人として数えられます。

袁紹から曹操へ

 最初に仕えた韓馥でしたが、臆病な性格であったため、かなり早い段階で袁紹に吸収され、張郃もそれに従う形で袁紹配下となりました。その後、公孫瓚伯珪と袁紹の戦争の間に功績を立て、どんどん出世をしていくことになります。

 曹操と袁紹が激突してからしばらくは膠着状態が続いていましたが、曹操により烏巣の食料基地が襲撃された際、援軍を送るよう進言しました。しかし、同僚の郭図公則はこれに反対し、逆に曹操の本陣を強襲する案を進言し、袁紹は両方を採用します。

 張郃は本陣強襲をしても勝てないと言いましたが聞き入れてもらえなかったうえに、なぜかその本陣強襲の指揮を任されます。ここ、何回見てもおかしいなと思うのですが、なんで援軍を指揮させなかったのか。やりたくない仕事を押し付けられた上に、そもそも勝てないと思っている強襲作戦の中、烏巣の食料基地が撃破されたと聞いて一気にやる気をなくします。しかもあろうことか、援軍と強襲の失敗を郭図が擦り付けようとしていると聞き、戻るのも危険と判断し、曹操に降伏します。

 この降伏によって、袁紹軍は総崩れとなり、ミリタリーバランスが一気に崩壊します。

 以後、曹操の一武将として袁紹の息子である袁譚顕思を撃破し、烏丸討伐の遠征、赤壁の前哨戦、馬超孟起との戦いなどなど、遠征にも主要な戦いにも駆り出され、大活躍こそしていないものの、堅実な戦績を積んできたようです。

夏侯淵を上回る評価

 目立った戦績こそないものの、着実に戦績を伸ばしてきた張郃は、劉備の備えとして夏侯淵妙才と共に漢中の守備に置きました。丁度、劉備が蜀を手に入れ、それに対して孫権仲謀が荊州の返還を求めるものの拒否されて武力衝突しはじめるなど、険悪になり始めた所でした。でまぁ、その隙をついて、まだ独立勢力を保っていた張魯公祺率いる宗教団体、五斗米道が支配していた漢中を手に入れ、劉備への監視体制を整えたという感じです。

 で、もうちょっと勢力を広げようって曹操の命令で、張郃は南下し、2つほど地域を手に入れます。この2つの地域の住人を強制移住させていたところ、張飛益徳と交戦し撃破されています。多分、数少ない敗戦だと思います。

 張郃が張飛に撃破されてから数年後、劉備は漢中攻略に本気で取り組み始めます。劉備陣営にとって漢中は、劉備が漢中王を名乗り大義を得る宣伝戦のために、是が非でも必要な地でした。法正孝直の策により留守を預かる夏侯淵が打ち取られた後、周囲の推薦により一時的とはいえ守備軍をすべて預かり、夏侯淵の死という動揺から兵士を助けたそうです。

 夏侯淵の敵討ちのために曹操が漢中を取り返しに来ますが、先述の通り、漢中は劉備陣営にとっては失ってはならない地でしたので固く守り、隙が無いと判断した曹操は引き上げます。引き上げに際して、張郃を引き続き劉備の監視のため長安との中間点に配備したあたり、信頼の大きさがうかがえます。

 夏侯淵を討った劉備もまた、張郃が生存していると聞き、「一番大事な者を逃がした」とこぼすなど、評価そのものは夏侯淵よりも高かったと言ってよいと思います。

膝に矢を受けてしまってな

 曹操の死亡後も辺境の討伐や、呉の攻撃に対する防衛など戦場に立ち続けた人で、その死にざまも戦場でと言う、戦い続けた人生でした。

 劉備亡き後、諸葛亮孔明が魏を狙い北伐を開始します。当然、歴戦の武将たる張郃もこの防衛に駆り出されます。

 第1次北伐、通称「街亭の戦い」では、蜀の先陣、馬謖を打ち破り防衛に成功しています。三国志演義ですとこの功績は司馬懿仲達のものになっていますがw あるあるw

 ついで、第2次、第3次の北伐にも援軍などで参加し防衛に成功。そして第4次北伐。諸葛亮率いる軍に対して、司馬懿と共に防衛戦にあたり、結果として防衛には成功しますが、この戦いで右ひざに矢を受けてしまい死亡してしまいます。

「昔はお前みたいな冒険者だったんだが、膝に矢を受けてしまってな……」

外史

横山三国志

 張郃そのものの出番はかなり遅いです。ある程度は仕方ないのですが、歴戦の勇将の割には「一度思いのままに指揮してみたかった」や、猪武者のように描かれ、特に猪のイメージはこの時についたといってよいと思います。影響力つよすぎぃ。

 ただ、新米指揮官のように描かれるのは訳がありまして、横山三国志は吉川英治の小説三国志をベースに作られたものです。で、この中で張郃は3回死亡していたので、同姓同名の別人と勘違いしてしまうのも無理ないかと思うのです。実際、司馬懿よりも年上なのですが、キャラの造形をみてもそこそこ若い描かれ方をしています。よって、そういう勘違いをされたんだろうなと。

蒼天航路

 出番こそ遅めですが、趙雲のセリフから歴戦の将であることがうかがえます。また、趙雲以外にも「半世紀にわたり戦場に立ち続けた人」や、曹操による「敗戦こそ才が必要だ」と高い評価を与える場面など、少ない出番でありながらも強い印象を残しました。

 残念ながら大きな活躍をする対孔明戦まではお話が続きませんでしたので、登場する機会はとても限られたものでしたが、しっかりとその存在感を示したと思います。

一騎当千

 坊主の姿で登場。ちょいちょい坊主登場させるなw

 徐晃公明楽進文謙と共に三柱神として登場しますが、全く記憶にない。。。w

恋姫†無双

 居てもよさそうなもんですが、登場しません。あらびっくり。

三極姫

 こちらは登場します。よかったねw

 三極姫は作によってキャラデザインが変わるので一概にこうだとは言いずらいのですが、今の所、魏の宿将でありながら、初期に袁紹配下という都合上、他軍に放り込まれているようです。多分これからもw

関連人物

 特にありません。

  • 最終更新:2015-12-30 16:48:20

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