周瑜公瑾

三国志の美男子といえば

 あだ名に美周郎と言われるほど。昔と今の美的基準は異なるので今でもイケメンかどうかは謎ですが。

 呉の王佐の才であり、孫策伯符の親友にして、孫権仲謀のよき補佐の一人でした。

 美周郎効果かどうかは不明ですが、孫策と共に美人のお嫁さんをゲットだぜします。この嫁さんを俺にもよこせという俗いりゆうで起こったものが赤壁の戦いと、いうことに演義ではなってます。もっとも、蒼天航路曰く、「曹操サイドで読み進めていくと、なぜここで先頭になるのか解らないほど、突発的なもの」だそうです。

稀代の名軍師

 呉の武将で最も有名な人といえば、おそらくはこの人になるでしょう。他にも何名か登場はしますが、いかんせん三国志では影の薄い呉の皆様。その中で、数少ない見せ場のある人で、ゲームによっては1,2を争うスペックの持ち主だったりします。

 元々が名家の生まれで、英才教育を施されていたのであろうことは想像に難くないのですが、それ以上に彼を名軍師たらしめたのは、親友との出会いと、その親友を主君として支えたところにあると思います。

断金の交

 周瑜の親友といえば、その主君の一人孫策が上げられれます。孫策の父親である孫堅文台董卓仲穎と戦争を繰り広げていた頃に二人は出会います。15歳ぐらいのときの話です。まぁ、その時に孫策へ屋敷を送ったとかいう話があるぐらいですので、相当なお金持ちです。くそう。

 この後、反董卓は解散し、孫堅は袁術公路の命令で劉表景升を攻撃した際死亡しています。孫策が跡を継ぎ、袁術の配下として活動をはじめ、周瑜も同じく袁術の配下として過ごしました。孫策が劉繇正礼を攻略するために出撃した際、誘いの手紙が周瑜の元に届き、二人は再び合流します。

 対劉繇戦が一段落したころ、袁術より、より好条件での仕事を求められましたが先行きが細いことを見抜き呉へと帰還。孫策より破格の待遇を受けますが、ほどなくしてその孫策が死亡。周瑜は4人目の主君を迎えます。

孫呉の提督

 孫策が死亡した後、呉はその弟の孫権仲謀が跡を継ぎます。当時19歳という、このあまりにも若い王に対し、呉は当然のように不安定になりますが、周瑜が率先して臣下の礼を取り模範を示したので、次第に周囲もそれに習うようになります。単純に親友の弟だからもり立てようとしたのかもしれませんが、その後孫権は旧家臣団をまとめあげたり、人材を発掘したりと精力的にお仕事をこなしているので、もしかすると本気で臣下の礼を取ったかもしれません。

赤壁

 周瑜が最も脚光を浴びる戦いといえば、やはり赤壁の戦いが上げられるでしょう。それ以外には南郡争奪戦などもあげられますが、知名度という点では赤壁には劣ってしまいます。

 赤壁が有名な理由としては、いくつかの要因があります。まず、呉の明確な敵対意思の表示。これは特に正史で強調された点です。次に、諸葛亮孔明の活躍を描くため。こちらは演義で強調される点です。特に孔明との対比は、同じ軍師として完全に引き立て役に回されてしまった感が否めません。もともと優秀な軍師であり、並外れた能力の持ち主ですが、孔明はさらにその上、ほぼ人知を超えた存在として描くためにかませ犬に成り下がってしまいました。この辺りは三国志演義によく見られる贔屓の影響といえます。

余談:羽扇について

 孔明の道士風の帽子と羽扇は、もともとは周瑜を表す記号だったそうです。ほんと余談ですな。

短命

 演義と正史で大きな違いがありますが、短命であったことだけは事実のようです。孫呉の呪いのようなものですな。だいたいみんな短命。

演義での死因

 往々にして優秀な人は劉備一家の引き立て役。この人も例に漏れず。前述の通り、孔明の引き立て役となっております。

 演義でも並外れた実力の持ち主でしたが、それもさらなる神がかりな智謀を誇る孔明のための踏み台でした。その扱いに腹を立てるが如く、「天はこの世に周瑜を生みながら、なぜ諸葛亮をも生んだのだ!」と嫉妬に身を焦がし、ついにはそのストレスから死亡してしまうという……。さらにトドメをさしたのは孔明からのおちょくった手紙だったりして、おそらくは数少ない文字により殺害された方であります。不憫。

 あまりにも扱いが酷いので魯迅(中国の小説家)は「物語にしても、実在の人物の功を歪曲し過ぎており、やり過ぎである」とのコメントを残しているぐらいです。はい。

正史での死因

 さすがにリアルワールドではまともな死因。こちらは攻城戦中の流れ矢にあたり重症となります。曹仁子孝との戦闘中の出来事でした。おそらくはこの矢傷と激務による過労で死亡してしまったのではないかと思われます。

 死ぬ間際まで、益州を占領し馬超孟起と連合を組むという曹操打破の戦略を考えていたようです。余談ですが、この構想はその後劉備玄徳がナチュラルに実現させます。孔明提案の天下三分の計は、実のところわりと誰でも思いつく策だったと考えていいでしょう。

 赤壁において、風評に恐れることなく、冷静に戦力を見比べ、作戦を立てて勝利したその手腕は多くの人に賞賛され、そして早すぎる死は多くの人に惜しまれました。周瑜の死後、その役割は魯粛子敬へと受け継がれます。

外史

横山三国志

 ずっと兜かぶってるイメージがw 横山三国志はだいたいの人がそうですけどw 不思議と兜を縫いでも読んでるときは見分けがつくからびっくりですよ。

 活躍のほどは演義準拠ですので、孔明の当て馬です。それどころか龐統士元の当て馬だったりも。くやしいのぅくやしいのぅ。

蒼天航路

 比較的初期の段階から登場します。王佐の才の持ち主として登場して活躍します。

 最後は矢傷が元というよりは、過労による死亡のような描写でした。

一騎当千

 数少ない男性キャラ。一騎当千のバトルの都合上、ほとんど闘うシーンはない。仕方ないね。服破るなら女の子だからね。

 ちなみに嫁さんの小喬よりも幼馴染の孫策にお熱っぽい。仕方ないね。

恋姫†無双

 真恋姫では攻略対象に。一作目では残念ながら登場するだけ。エロシーンはあるけどねw 孫策とは友情を超えた仲。

 褐色爆乳メガネクール。

三極姫

 イケメン。

 こうやって見ると男性率の高いキャラ。なお、続編の2では男装の麗人になったようで。さすがエロゲ。

関連人物

息子


  • 最終更新:2016-08-03 13:07:44

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